The Cuckoo's Nest

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ヴィム・ヴェンダース監督『PERFECT DAYS』の感想

一昨日2023年12月22日ヴィム・ヴェンダース監督『PERFECT DAYS』が我が国で公開され公開初日に映画館へ足を運んだ。

 

 

実をいうと恥ずかしながら小生、映画好きを自負しておきながらヴィム・ヴェンダース監督の名前を最近まで知らなかった。

別の映画を最近観た際に予告でこの映画が紹介されその場で一目惚れした。その際、連れの映画好きに予告について話したら、ヴィム・ヴェンダースは観たほうが良いと勧められた。家に帰りさっそくU-NEXTで監督の名前を検索し、『ベルリン・天使の詩』を観た。私は度肝を抜かれた。一気に他の映画も観た。その『ベルリン・天使の詩』を創った監督の最新作が近々公開、しかも日本が舞台で役者が役所広司ということで観に行かない理由が一つもなく、そして日本で初めてお披露目されるその歴史的な瞬間に立ち会いたかった。だから珍しく公開初日に映画館へ行ったのだ。

 

一緒に行った友人と映画館を出て重く閉じられた唇をゆっくり開いて感想を語り合った(上映後すぐは自分の気持ちに整理がついておらずさながら冷蔵庫に入れたばかりのプリンみたいになっているので、上映後すぐに感想を大声でその場で話す人は昔から苦手だし、自分もせめて映画館を出るまではプリンを固めておきたいと思っている)

友人は開口一番に「2023年ベスト」と短く答えた。私も「同じく」と短く返した。

 

この映画は、友人に対しても恋人に対してもあまり自分の心の中身を詳細に話したくないと思わせる映画だった。おそらく観た人はそれぞれが全く違った思いに至り、そして映画館を出て最初に目にした景色は映画館へ向かう道中とはがらっと変わって映るだろう。

役所広司が演じる主人公の平山のように生きられたらこんな幸せなことはないと私は思った。たくさんの金を持って欲しいものを何でも手に入れて若く美しい女と何人も寝る、それも一つの幸福の形だろうが、諸行無常、いつまで続くか分からないしそういう刺激的な幸福を求め続けて常に失う恐怖に怯える生活は果たして本当に幸福といえるのだろうか。

私たちの日頃何とも思っていない日々そして様々な瞬間は実は奇跡の連続で、スーパーで働く中年男性、道路の隅に逞しく生えたタンポポ、夜に洗濯物を物干し竿に掛けるとき頬を撫でる冷えた夜風、そういった日常が涙が出るほどに美しく、それを味わえるのはひとえに我々が奇跡によって命を授かったからだ。

アインシュタインは言った、「最も美しい体験は神秘的な体験である」と。この神秘的とさえ思える映画で、平山さんの精神はどこか僧など聖職者を連想させもした。

 

全く監督のヴィム・ヴェンダースの才能には平伏すばかりである。

私は、日本を舞台にして日本人を主人公にした映画で、完全に今の日本人の映画監督がヴィム・ヴェンダースに敗北したと感じた。ヴィム・ヴェンダースはどんな日本の映画監督よりも日本を深く真の意味で理解し、どんな日本の映画監督よりも日本を愛していることを感じた。こういう映画を観ると、ハリウッドのCGだらけで金のかかった激しいアクションに近づけようと躍起になっている商業主義に毒された日本の映画監督たちに絶望する。ヴィム・ヴェンダース小津安二郎をこよなく愛し尊敬し小津安二郎を通して異国の日本を感じた。小津安二郎を愛する異邦人のヴィム・ヴェンダース小津安二郎を観たことすらない日本の映画監督、これを思うと何だか私は不思議で妙な心持ちにならざるを得ない。

これだけの映画をずっと日本にいながら創れない日本の映画界に失望すると同時に、ヴィム・ヴェンダースだし仕方ないよなぁという気持ちにもなった。

 

ヴィム・ヴェンダースは映画監督であり哲学者である。生の素晴らしさを描かせたら彼の右に出るものはいないだろう。

道を行く人たちの声はバッハの音楽に等しい、そう思える映画だった。