The Cuckoo's Nest

幽遊自躑に暮らしております。https://twitter.com/Wintermoth1934

山梨 塩山温泉にて

過去の記録

山梨 塩山温泉にて


場末の古びた中華料理屋で都会で食うそれとは全く異なるラーメン啜りながらビールを呑む。来年の年末には店を閉めると言って笑う中年夫婦。店を出て私以外家族や友達と自宅でのんびりやってる年の瀬の静かな町を歩き、酔ってふらふらしながら目星をつけていた鄙びた温泉宿へ向かう。そこでひとっ風呂浴びた後、その宿屋の横に長い長い階段があるのを思い出す。その階段の上にはきっと何もないけれどぽつんと街灯が寂しく辺りの暗闇を照らしている。こんな年の瀬だから普通の蛾ではなく冬尺という冬にしか湧かない蛾がいて、今の私はまさにそれだ。その淋しい電灯に一人誘われる冬尺、今年ももう終わる、枯葉の積もった階段を一段一段丁寧に踏み締めて登っていく。登った先には別に何もない。街灯がタダ灯っているだけ。そんな淋しいところ、葉がもう散ってしまった奥の木々から梟がほうほう時折鳴いている。私はその梟の声を聞き逃さないように耳を澄ませる。ふと空を見上げると、そこには満点とはいえないけれど星々が自らの存在を主張している。その時、俺は思った。嗚呼、産まれてきて良かったと。心からそう思った。お釈迦様も人生とは苦しいものだと言う。でも実際その中で両手で数えられるぐらいかもしれないが、産まれてきて良かったなと思うこともある。刺すようなそういう大きな歓喜でなくて良い。人は、いや私は、こういうことのために生きているのだなと思った。