The Cuckoo's Nest

幽遊自躑に暮らしております。https://twitter.com/Wintermoth1934

入ったことのないレストラン

年の瀬なので例年通り帰郷している。私も町もやはりどこか少しずつ毎年違う。

今日、母と車に乗っていたら父が忘年会で不在なので急遽夕食を食べることになった。

どこで食べるか困ったものの、私の発案である一軒のレストランへ行くことになった。

 

そのレストランは私が幼少の頃より存在していて今も健在である。失礼を承知で言うと、そのレストランはいろいろな町に時折息づいている混んでいるわけでもないのに何故か潰れない店というやつだ。

実はこのレストラン、私の通学路にあったのもあり毎日のように建物の外装だけを目にしていたのだがついぞ入ったことはなかった。

母もこの町に長く住んでいるのに私同様一度も入ったことがないらしく、父だけが一度入ったことがあるだけだった。味は良いがとにかく提供が遅いと父は溢していた。

 

そのレストランの小さな駐車場に車を停めると、私は違和感にも似た一種の奇妙な感覚に包まれた。これは自分の中の当たり前が崩れることから来る感情なのか。これまでずっと私の中でこのレストランは、食事をする場所ではなくいつだって風景に過ぎなかったのだ。

 

店に入ると、初めて飲食店に入る時と同じあの感覚を思い出し少しホッとした。棚に入れられた日焼けで真っ白になってしまった古い漫画、窓際の観葉植物……やはり何を見てもそこは初めて来た場所で私の感情を刺激するものは特にない。

 

食事を終え店を出た。

私はまた店に入る前のあの感覚に陥った。

顔を上げるとまだ真っ暗になりきらない群青色の空に月が円を描いて浮かんでいた。その刹那、私は母のことを完全に忘れてその有限の光景に目を奪われてしまった。

 

きっとこれからあのレストランの前を通る時、私はこれまでと同じ自分ではいられない。もうあのレストランはただの景色ではないのだから。

私にはそれが何だかとても淋しいことのように思えた。

f:id:Wintermoth:20231228223622j:image