The Cuckoo's Nest

幽遊自躑に暮らしております。https://twitter.com/Wintermoth1934

青年

ただ一日そしてまた一日が過ぎ去るのみ。

その日、私は21歳の青年だった。しかし、私はある不幸な出来事(通常の人であれば皆通る類のもの)から人生に絶望し、立ち直る事ができなかった。私は大学を中退し田舎に帰って何をするでもなかった。する事といえばただ酒と飯を喰らい、葉に止まった虫が何を見るでもなくタダ本当の意味で前を見ているかのようなそれと同じ目つきで電子機器の画面を視界に含んでいるだけであった。私が努力したことが唯一あるとするなら、他者に私の感情的な姿を見せなかったことのみである。それのみが唯一この私にできる世間への償いであったのだ。

そのような一日が終わり、また一日、また一日と……ある日、私はふと思い立ち自分の年齢がいくつか考えてみることにした。

実に89歳、次の年で卒寿を迎える。辺りを見てみると、昨日まで私の隣にいた一匹の猫も父と母も、そして私の懐かしきあの家も姿を消していた。私は白い壁に囲まれた鍵の掛かった部屋の中で如何にも安そうなパイプのベッドに腰を下ろしていた。

壁に目をやると何か硬く尖ったもので掘ったのであろうか小さな実に小さな文字が目に入った。殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ……歪な文字で確かにそう繰り返し書いてあった。誰が書いたのか分からない。前の住民だろうか。その者は壁一面に書こうとしたのかもしれないが早々に心折れて辞めていた。それから机の上に目を向けてみると何か筒状のものが置かれていた。それ以外には他にペン一つない。それは調べてみるとどうやら万華鏡のようであった。万華鏡など幼少の時分以来である。私は嬉しくなってその万華鏡を覗いてみることにした。

すると扉の向こうで人の走り回る音、それに騒ぎ声が聞こえる。何か番号を叫ぶ声が聞こえ、〇〇番がアレを覗こうとしていると誰かが叫んだ。誰かまた何か世間様に迷惑をやらかしたのであろう。私は再び万華鏡に両目をやった。

万華鏡はあまりに美しく私は脳が溶解していくのを感じた。私は万華鏡をスライドさせ新たな美を求めようとした。すると小さな散り散りの宝石たちの隙間に小さいが人が二人見えるではないか。私は二人をじっと見た。それは美しい女と美しい男で女の方には何やら見覚えがあった。男は女の手を握り口付けをし、二人はこれから布団に入るところだった。その男は両手を女の胸に当てがい女はこの世のものとは思えないほどうっとりと妖艶に満ちた表情を浮かべている。終いには女は甘い声を上げその男に腰を振られ始めた。男も女も快楽の他何も考えずただお互いを体液でべとべとに濡らしていた。

その時である。扉が何か大きな機械のようなもので破壊され制服を着た醜悪な顔をした男たちが私を羽交締めにした。私はチョークで黒板を擦った時のような音を上げて暴れた。誰かが鎮静剤を打て!と叫び私の腕を捲り上げた。それからである。私が21歳の青年になれたのは。