The Cuckoo's Nest

幽遊自躑に暮らしております。https://twitter.com/Wintermoth1934

審判

二人の男がいた。

一人は幼少より神経質のきらいがあり人より能力も劣っていたが心優しい男だった。彼は子供の頃に大人から酷いことばかりされてきた。それも決して口にすることも憚られるような類の非人道的なものだった。そういった過去から彼が神経質になりそれでいて精神にいつも暗い影が差していたことは誰も責められないだろう。ある時彼は全く彼の望むところではなかったがインターネット上で敵国の爆撃で内臓を曝け出して亡くなった幼女の遺体の画像を目にしてしまった。その時に彼は自分の親戚の女子小学生が酔っ払い運転の車に轢かれて突然死んだ時のことを思い出した。そして死にたかった彼は思った。何故死を願う自身はこのように病気にもならず事故にも遭わず生きていて、生きたいと思うあの子は死んだのだろう、と。

そんな彼だが、ある町工場に勤め出してから数年目ふとしたきっかけである一人の女性と出会い恋に落ちた。そこから彼の人生は大きく変わった。彼は初めて人に愛されることの喜びを知り、そして愛することのかけがえのない喜びを知った。彼は以前より明るくなり社交性も出てきた。仕事の成績もとても良いわけではないが以前より格段に良くなり、元々持ち合わせていた心の優しさが起因したのか社内に心が許せる友人もできた。二人は結婚しそして子供を授かった。彼は猿のような顔をした赤児を見た瞬間、生きる意味を得た。無論一つの家族がこの世界を生きていく中で困難に見舞われることは避けられない。人生は苦難の連続だ。しかし彼は決してその苦難に心折れずまた他人の責任にすることもなく己の良心に従って愛する人たちの幸福を基準に精一杯生き続けた。途中、肺に癌を煩い病魔に敗北しそうにもなったが、愛する人たちの励まし、そして顔を思い出すことで何とか乗り切ることができた。そして気付けば彼は老人になり、愛する妻も随分年老いた。しかし彼は妻を決して醜くなったなどと微塵も思わなかった。彼らの間には決して他の者には入ることのできない海より地球より深い絆があった。そして彼は68歳と今日の時代ではまだ若いが、孫、息子、妻に囲まれて静かに息を引き取った。彼は幸福だった。彼が息を引き取る直前、妻が耳元で優しく囁いた。あっちでも一緒ですよ、と。男の頬を涙が伝った。男はその時に自分が子供の時以来泣いてなかったことを思い出した。辛く苦しいことばかりだった。だが生きて良かった。産まれて良かった。男は妻のその言葉を手土産に息を引き取った。

一方ここにもう一人男がいる。奇遇なことに彼も先の男性と同じ年さらには同じ日に産まれ、そして同じ歳さらに同じ日に死んだ。そしてまた何の因果か彼もまた先の男性と同様に幼少期の悍ましい体験を持っていた。しかし彼が先の男性と決定的に違ったのはここからであった。彼はそれらの体験から端を発しみるみる心を邪悪に染めた。子供の時は虫や動物を拷問して幾度となく殺した。中学の頃には好きな女学生の制服を盗んだり、彼女の靴を自らの性液で穢すことに最大の喜びを感じた。また、子供の時から彼が楽しみで辞められなかったのは弱者の支配と虐待である。自分より弱い者を見つけるとまるで義務感に駆られたかのようにいじめ、自殺に追いやった者も二人はある。彼は持ち前の地頭の良さを活かし、自身の悪行を見事に隠蔽し続けた。彼は自分がこうなったのは運命のせいだとして同時に悪行に及ぶのも運命だと、そのため彼は罪を感じたことはなかった。そして38歳の時、彼は初めて人を殺す。好みの容姿の女子中学生を拉致、山林の廃墟で強姦し爪を剥ぐなど散々に痛ぶり最後に強姦しながら首を締めて殺した。死体は解体し遺棄し気に入った部位は腐敗するまで自宅に置いておいた。この楽しみを覚えた彼は全く同じ方法で女子中学生〜女子高生を狙って合計で7人を手にかけた。そして彼は高齢になってから些細なことがきっかけで犯行が明るみになり逮捕された。手錠をされた彼が警察に運ばれる際に地獄に堕ちろと被害者遺族が叫び彼がそちらを満面の笑みで一瞥した様子はテレビで放送され今も動画サイトに残っている。彼は牢獄にいる時も聖職者達と決して関わろうとせず逆に向こうからアプローチがあると神を呪う言葉を吐いて追い返そうとした。しかし彼の思惑はいつも外れ、聖職者達は皆怒りを顕にせず実に気の毒そうに彼を見るだけだった。そして先の男性と同じ歳、同じ日の朝、本日刑を執行すると静かに伝えられた。最後に何かあるか問われた彼は何もないと答えた。最後まで被害者やその家族への詫びの言葉はなかった。それから彼は死刑に処された。誰も彼の死を悲しむ者はおらず、彼の死を喜ぶ者か無関心の者しかいなかった。

二人は同じ歳で同じ日に死んだ縁もあって、あの世で同じ時に審判を下されることとなった。神は彼ら二人の人生を見て瞬時に判決を下した。天国には快楽殺人者の男を、地獄には家族のあった働き者の男を。地獄行きの男は何かの間違いだと耳を疑った。相手が逆だと何かの手違いがあると神に抗議したが聞き入れられず何故自分が地獄行きなのか訳を知ることもできなかった。使者に連れられて地獄へ着くと彼は驚愕した。まだ自身が生きていた頃に聞いたことのある著名な聖人や善行を成した偉人たちが大勢苦悶の表情で助けを求めながら朝から晩まで阿鼻叫喚の声を上げていた。彼は気付かなかったが彼のすぐ近くで鬼に目玉を抉り取られ絶叫していた女性はあの男に殺された最初の被害者の女子中学生であった。しかし地獄で苦しみ悶えていたのは俗世で悪人扱いされていた者たちだけではない。それと同じ数だけ新聞で見たような殺人鬼などの極悪人も認められた。割合でいえば天国の方もまただいたい同様であった。