つげ義春の作品に『夜が掴む』という短編がある。
その作品に出てくる主人公は病的なまでに夜を恐れていて読者にもその不安が伝染する。私は先生の作品群の中でも特にこれが好きで何度となく読み返してきた。
実は、最近何かとこの作品を思い出すことが多い。
元来、私は夜型の人間である。中学に上がった時分から夜型の生活に完全に切り替わり、さながら夜鷹、何か特殊な日であってもまず日を跨がないことはない。
そんな私だが、いつからだろう、ここ数年ほど夜を恐れ生活している。正確には夜といっても日を跨いでからの時間、つまり深夜が嫌なのだ。昔はこんなこともなかった筈なのだ。
特に一人の夜は尚更その不快感を増長させる。何も霊的な異形の存在たちを恐れいるわけではない。夜の闇、世界が寝ている時間、不摂生な生活の始まり……そういう現実的な事柄が苦しみの種になっている。
夜になると何かと胸がざわつき恐ろしく不安になる。ふと時計を見て針が午前2時なんかを指しているのを見ると途端に気分が落ち込む。私の不眠症は益々増長され、そんなことで寝酒の悪癖が辞められない。睡眠薬を飲んだ方がいいのは分かるが、効いた試しがなく酒に頼ってしまう。それに何も寝たいだけじゃなく、誤魔化したいのもあるから。
全くどうしたものだろうか。
人と過ごす夜はそれほど恐ろしくないし楽しい時も無論ある。何より充実した一日であればどれだけ夜が更けようとそれほど心苦しくはないのだ。
行き着くところ、ただ毎日を明日死ぬことが決まっているかのように丁寧に一生懸命過ごせば解決することなのだ。
うわーっと声をあげて夜に掴まれるないためにも生活改善を急がねばならない。