The Cuckoo's Nest

幽遊自躑に暮らしております。https://twitter.com/Wintermoth1934

一匹の黒い雄犬の死

今、時刻は朝の五時、私の目の前で消えかけの蝋燭が燃えている。

この蝋燭は犬の祭壇に設けられたもので、珍しく早々に眠り落ちた私だったが、明け方に目が覚めてからこれを眺めている。かなり長い一本であったが、間も無く消える。これを書いている間に消えるだろう。消えたらまた別の一本を立てれば良い。しかしあの犬の代わりは立てられない。寝ずの番という訳には行かなかったが今日は彼の横に布団を敷いて寝た。いくつも関係ない夢を見たが、その中で一度彼の声を聞いた。

昨日のちょうど今頃あの犬は死んだ。医者に今日か明日が山だと言われたが、明後日までは生きたのだ。食べないと聞いていた私の前で流動食も食べ希望が湧いた。

危篤と言われそこから一年も二年も生きる人はごまんといる。私は二日目の24時を過ぎた時点で改めてそう思った。この犬も同じだと。しかしどこか苦しそうな声を寝ている時以外に出すようになり触るとお腹が張っていた。三日目(昨日)の真夜中には嘔吐、吐いて楽になったように見えた。その時、私はすでに胃が流動食でさえ受け付けないようになっていることが分かり嫌な予感がした。

母が席を外している間に私は横になっているだけの犬の目をじっと見た。これほど彼と真剣に向き合ったことは今までなかった。私はかつてない妙な気分になった。彼の一本の線の上に少しだけ私を重ねさせてくれた気がした。私は感謝の言葉を口にし、もう休めよと言った。

それから、また明日なと伝え、心配な母は犬を横に置いて寝た。私はどうも眠れず黒澤明の『白痴』の続きを観終えてから睡眠薬を3錠飲んで寝た。そして1時間半ぐらい経った頃、母の声で目が覚めた。

「死んじゃったかも」

そう言った。かも?私はそう思った。ということはまだ分からないのか。とにかく私は起きて犬の置かれた脱衣所に行った。犬は動かなくなっていた。夏に見る木に止まった蝉の抜け殻と同じになっていた。私は悟った。

それから父を起こしに行った。父が涙するのを初めて見た。母曰く、呻き声で目が覚め掛けてあった布団を捲るとずっとしていなかった糞をしており掃除のため席を外したその数分の間に息を引き取ったとのことだった。汚れた体を綺麗にしてやって、それから用意してあった発泡スチロールの棺に納めた。母は死の瞬間隣にいてやれなかったことを一日悔いている風であった。

私は涙が出なかった。父も母も泣いていた。私は1時間半しか寝ていないから脳が鈍っているせいにした。薬が効いているせいにした。しかし私は今日も涙が出なかった。ただ風呂やトイレから家族のいる部屋に帰ってくると、父の腹の上でいつものように寝ている気がした。

今目の前の蝋燭が消えた。消える瞬間を見た。激しく燃えていたが、ゆっくり小さくなることもなく、ぱっと手品のように消えた。

気持ちの整理がつかないのか。それとも私が死に対して、いや、この犬に対して無感動になっているのか分からない。この犬と離れてから時間がかなり経ち、新たに猫と暮らし始め、情が薄れていたことは紛れもない事実だ。だが、やはり私の人生において最も重要な時期にこの犬はいた。私はひどく辛いことがあっても彼のニオイを嗅ぐと心が落ち着いた。19歳、ずっと当たり前のようにいる気がしていた。

私は彼と会った日のことを今でも思い出すことができる。彼はケージの中に入れられていて、手を入れた私の指を容赦なく噛んだ。私が二匹いる中から彼を選び車の中で名前を付けた。よく噛む犬だった。今なら思う。もう一度、血が出るぐらいに、その歯形が私の肉に刻まれる程、強く噛んで欲しいと。今ようやく涙が出た。

ありがとう、月並みだがこの言葉に勝るものはいつの世もない。